WAKAVA Prologue 2

WAKAVA-Prologue 2

信大中央アルプス月例調査の十年

1994年10月、信州大学農学部附属演習林に着任した私は、定年の2005年まで10年間、私費で山岳の積雪を徹底的に調査することにした。西駒演習林に標高1300mの谷間(河原)から標高2700mのハイマツ稜線までルートを決めて、比高100mごとに雪面から地面まで雪を掘って断面をつくり、雪質を詳しく調べる。

農学部の山好きの若者たちが公募に応じてくれ、毎月2泊3日の調査を助けてくれた。演習林の職員たちも歩道や山小屋の維持管理に心を砕いてくれた。

10年のデータをとり終わった夏に土石流があり、河原の調査地点が流亡した。ひと仕事が済むまで神様は待ってくださったのだ。

2018年の11月、権威ある国際雪氷学会誌IGSに私たち(原田・若林・井上)の論文が掲載された。観測を始めてから24年の歳月が流れていた。

重力から自由:Fine & Very Fine

データ自体が語る中で一番面白かったのは、Fine(径0.2-0.5㎜)Very Fine (径0.2mm以下)のこしまり雪層が、重力(上載荷重)とは無縁に密度(重量/100 立方センチ)が大きいことであった。

焼結とか緻密化とかいわれ、融点近い高温の雪粒が合体して空隙を追い出していく現象は、密度増加・wind slab形成をもたらすが、F,VF以下に雪粒が粉砕されてこそ、顕著になる。

玉石を窯炉で熱しても陶磁器は出来ないが、細かい粉にして成型すれば焼き物ができる。同様に雪の場合、重力のくびきから解き放たれ、熱力学の法則が支配するのは、F & VF以下らしい。

山で自然に雪が粉砕される機会は、暴風雪と煙型雪崩である。

大規模の煙型雪崩では粉砕が進み、摩擦熱も加わり、デブリは焼結してすぐに固まる。氷の焼き物ができてしまう。しかし瞬時の局所的な現象である。自力脱出困難、窒息、低体温症などサバイバル・レスキューの関心事である。

乾燥性暴風雪

暴風雪にはF & VFが多いものと少ないものの2種類がある。

F & VF 地吹雪

積乱雲からの雪供給がない。晴れ・曇りの状態で強風により雪粒が舞い上がり粉砕される。単に強風が長時間継続するという条件で、粉砕が進む。粉塵一つひとつの表面は風のエネルギーが転化して生まれる。

火山灰、黄砂や花粉、海塩粒子サイズのエアロゾルといわれる超微細粉塵も、長時間上空を漂ったあげくに大量が積雪上層のVFに加わっている。重要ではあるが、Avalanchistはこの細かすぎるエアロゾルと巨大なエネルギーの塊を、測るすべを知らない。おそらく理論的に推計するしか無いと思うが・・

いずれにせよ、粒子同士の衝突が生む角々ギザギザした破断面は、表面張力により瞬時に丸みを帯びる。この緻密化速度は直径が1/10になれば10の3~4乗になるという猛スピードである。

この比表面積が大きい状態は、粒子破壊の瞬間にだけ現れ、まるでリニア新幹線のように、あるいは宇宙ロケットのように猛スピードで粒子を球状(到着駅)にしてエネルギーを失う。

いいかえれば、地吹雪は乾燥・昇華蒸発の盛んな接地した雪雲である。いつも不純物を含み、融点が降下して、雪温-10℃でも雪粒は液体の薄膜を帯びている。新鮮な破砕粉塵のみが液相焼結という最高速度の緻密化をもたらす。

丸みを帯びれば、昇華蒸発により更に合体小球になり、そして水蒸気になる。熱したフライパンの多数の水滴が合体して単一の水塊・水滴となり、みるみるうちに蒸発気化して姿を失うように。

こうして、暴風雪により供給された雪粒を、日射・高気温・低湿度・強風継続などでさらに砕き乾燥させて、早めに空気中に水蒸気としてお返しする。この地球規模の壮大な水蒸気サイクルの一端が地吹雪なのである。

湿潤性暴風雪

大径の雪粒 >F & VF :

湿潤な積乱雲の暴風雪により供給される。過冷却という湿潤状態では、単純な六角片から羽根や羊歯や針を伸ばして、複雑な形状の雪結晶をつくる。これは、複雑な角張った形状から丸みを帯びた形状に急速に変化する「焼結・緻密化」とはまるっきり逆なのである。

緻密化が進めば雪の骨組みは丈夫になるが、アンチ緻密化の過冷却暴風雪下では、骨組みの発達は期待できない。まるで鈍行列車のスピードである。

ライダーの目からすれば、パウダー(Fineよりも粗い粉雪)が長時間維持されて、焼結(粉塵化と高温)が進まない方が好都合なのである。

storm snow avalancheが起こるとしても、「急斜面+大量積雪」という重力にモノいわせるタイプが主だ。

天国の底から

いま山岳では、積乱雲の下端が、暖かめの積雪をとりこんだ状態で吹雪を生み暴れている。交通手段が発達し、私たちの立ち位置は、いわば「天国」の底であり、中である。

そこで働く人々は、天使ではなかろうか。なお、「山の神」の管轄下にある我が家では、自分が天使であるなどという妄言は、一瞬にして蒸発させられてしまう。トホホ

さて、「雪は天からの手紙である」(中谷宇吉郎博士)というよそよそしい状況は過去のものとなった。

雪と末ながく親しくつきあうため、「雪粒子と氷粒子の物性」(前野紀一博士、1991)を読みこむのが、今年の私の目標である。

 

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